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博多独楽の伝統を受け継ぐ独楽師

HOME > 博多独楽とは

天皇や将軍に愛された天覧芸

450年以上の歴史を持つ曲技

20代に渡り受け継がれてきた筑前博多独楽。
江戸の時代は独楽禁止令が出る程の人気を博してきた曲技で
博多独楽の曲技を愛しすぎた、大岡越前の政策により
江戸から出る事が出来なくなるほどに
また仙厓和尚の禅画に残るほど時の人々を魅了してきました。

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博多独楽は「日本で木台に鉄芯を使った独楽の始まり」そして何よりも
「各地に伝わる独楽芸の発祥(ルーツ)と言えます。博多独楽は最初から曲独楽として
 生まれたのではなく子供たちのけんか独楽が進化した物です。
 木台に鉄芯を使う事で 今までの独楽と違い「振りのない」良く澄んで廻る独楽が誕生します。
 遊び中から腕を競うようになり 独楽の腕を磨くうちに曲芸が発生
 その中から曲独楽師がうまれ 芝居興行に発展し各地を興行して廻る様になって行きます。

 博多独楽の一座は次第に京都 大阪へと上がって興行をする様になり 京都四条河原での興行では
 近所の歌舞伎芝居がすっかり寂れる程の盛況であったという記録も残されており
 人気の凄さが想像されます。
 博多の中石堂町から出た市太郎という独楽師が御所に召され 天皇の御前で曲技を披露
 博多独楽の看板に皇室の紋章「菊桐の御紋」を着用する事を許されたのもこの頃で
 これを機に博多の独楽師の多くも京都 大阪さらには江戸へと上がり江戸でも
 博多独楽は大変な評判になりました。
 現在東京 大阪などの寄席にある曲独楽は 博多独楽から手ほどきを
 受けたものの流れであり その起源は博多独楽に他なりません。
 日本で唯一の家元として存在する博多独楽はまさに「日本の曲独楽のルーツ」なのです。 
 博多独楽は博多に伝わる伝統芸能として 初代筑紫珠楽により復興 昭和33年に
 福岡県無形文化財に指定され二代目の珠楽により工芸品としても
 県知事指定の工芸品に指定をされました。
 現在は2012.11月に後継者の寿楽が三台目珠楽を襲名し
 歴史 独楽の製作 演技が継承され伝統が保持されています



柳 流水、初代筑紫珠楽から3代目珠楽まで
初代筑紫珠楽1.jpg初代筑紫珠楽1.jpg初舞台2.jpg初舞台2.jpg219915_364494563621127_2096084471_o.jpg219915_364494563621127_2096084471_o.jpg

博多独楽の今の流れを作った人気独楽師浅草寺に芸の神として祀られた最初の女性独楽師福岡県無形文化財に第1号指定され独楽の家元を確率した初代 筑紫珠楽二代目筑紫珠楽の襲名公演 150年振りの女性独楽師二代目珠楽襲名での一コマ3代目珠楽(当時寿楽)の初舞台。二代目珠楽と共に。