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博多独楽の伝統を受け継ぐ独楽師



450年以上の歴史を世界に伝える 博多独楽を伝える独楽師達


SYURAKU CHIKUSHI 3rd
二十代家元 三代目 筑紫珠楽


博多独楽宗家の長男として生まれ、3歳でお披露目の舞台
10歳で正式に入門。
博多独楽と共に太鼓を学び 二代目寿楽を継承。
15歳から独楽の製作を学びつつ、歴史等独楽の回転力学を学ぶ。
母であり師匠の珠楽の後見とし舞台に出演しながら、自身の太夫(メイン)
の舞台にも力を入れ始める。
古典と現代的音楽を融合させた舞台を演出し自ら音楽も製作している。
アメリカワシントンで行われた舞台でハイパーカルチャーとして
ワシントンポストの芸術欄にて紹介されている。
もともと獅子舞と共に「博多独楽」の 地方(じがた:伴奏)
として成り立っていた伝統ある太鼓を、先代の寿楽が
「博多金獅子太鼓」として独立させ、考案した現在の組太鼓は
二代目筑紫寿楽(現3代目珠楽)に受け継がれ、
九州特有のスピード感 あふれた改良し更なる発展が遂げられている。
博多金獅子太鼓としてはアメリカをはじめとする15カ国で公演。
1999年にソロデビューをしCD「願い」を発表。
2000年にはブルーノート福岡に初出演した。
ピアニスト岩崎大輔氏、吉田兄弟等の洋楽・邦楽のアーティスト、
オーケストラ等との共演も多数。
また舞台やミュージカルの音楽も手掛けている。
近年では岸谷五朗、寺脇康文等とも共演もしている。
今回の博多・天神落語まつりで三代目筑紫珠楽を襲名。
現在3代目筑紫珠楽として精力的に活動をしている。

KOURAKU CHIKUSHI
公演1000回を超え出演

1989年に博多独楽一門に入門 2000年に晃楽の名を受け活動を始める。
先代珠楽(現 博多小蝶)や三代目と共にアメリカ、フランス、中国、
イギリス等公演を重ねる。博多独楽と共に*博多金獅子太鼓の普及に務め、
演目のなかにある獅子舞の名手として名高い。
現在は次期寿楽(三代目)の父親であり兄弟子として後継育成にもあたり
博多独楽の普及に力を注いでいる。
三代目珠楽や小蝶にとってもなくてはならない大事な存在の一人である。

150年ぶりの女性独楽師
福岡県無形文化財保持者

1953年に宗家家元の長女として生まれる。
3歳で初舞台10歳で独楽の初舞台演技を護国神社にご奉納。
初代珠楽より「筑紫香楽」の名前を授かる。
高校卒業ご本格的に独楽師の道に入る。
初代珠楽が他界後、正式に襲名『博多小蝶』以来
150年振りの女性独楽師誕生
(博多小蝶 博多出身の女性独楽師、博多独楽一座を率いて全国を巡業し人気を博す
現在浅草浅草寺内にある芸能の神として祀られている)
襲名後 NHK紅白の審査員として出場 1986年から90年にかけ アメリカ、ハワイ
イギリス、フランス等公演を行う。
帰国後、日本、福岡県、福岡市の観光宣伝の一環事業として海外、国内各県で独楽芸披露。
これまでの活動が認められ、アメリカ合衆国に日本芸術や文化を紹介する
「ハイパーカルチャー+カルチャー」に招待されワシントンDCにて公演。
その模様は全米中に放映され、NYタイムスにも紹介された。
また「遠くへ行きい!」や「世界不思議見!」「ズームイン朝。」等の番組や
各メディアにも取り上げられている
他に博多小蝶が制作する独楽は美術品としての価値も高く
県知事指定の民工芸品にも指定されている。
宗家を外れた現在は学校や自治会等に
積極的に出向き独楽の歴史や博多の歴史等を講演
古典から学ぶ現代に活かせる知恵等を話ながら
独楽や伝統の普及に務めている。

親から子へ 師匠から弟子へ

芸と共に心を伝えていきます

450年以上の歴史を持つ博多独楽。
芸と独楽の制作を伝え先人達が大事に伝えてきた
芸道やモノ造りの大事さを伝えていきます。
日本人の心が独楽の中に脈々と受け継がれています

初代筑紫珠楽が福岡県無形文化財に福岡で最初に指定を受けたのが
昭和33年でした。全国で初めての家元制度をとり独楽の普及や芸の宣伝に
務めてきました。
博多独楽は演じる独楽は自分達で制作し使用しています。
独楽芸と独楽制作は宗家の仕事として表裏一体です。
この様な技術を後世に残すべく日々活動をしております。